CASE2

事例紹介

前列左から、福島純平さん、松田アキさん、小林勇さん
後列左から、村越妙美さん、諏訪汐香さん、高沢志桜里さん、伊藤陽子さん、田中亜樹さん

第8期 金賞「一人でトイレに行きたい」日常生活の自立を優先。車いす自走で目標を実現

~在宅で複数のサービスを活用した取組~

多職種とのかかわりで笑顔が増え、意欲も向上

 養護老人ホームで自立して暮らしていた松田さんは、腰椎圧迫骨折のため歩行ができなくなりました。「歩いてトイレに行きたい」という思いが強かったものの、立つ・座るといった動きさえ難しいなか松田さんの希望どおり歩行練習をしていいのか、介護支援専門員は判断に迷いました。地域リハビリテーション支援拠点のコーディネーターに相談したところ、まずは車いすを自走できるようにしてはどうかと助言され、目標を「車いすを自走してトイレに行く」に変更。車いすとクッションを導入、調整するとともに、ホームと別フロアにある通所介護と訪問リハビリを開始しました。訪問リハビリでは、基本動作が安全にできるよう筋力訓練や起立支援を、通所介護では足こぎ動作を丁寧に支援しました。松田さんが熱心に取り組む姿を見た介護支援専門員は、この意欲を介護度改善につなげたいとプロジェクトに参加することにしたのです。
 それまでほぼ居室フロアだけで過ごしていたのが、多職種の方とかかわるようになると表情が明るくなり、機能訓練への意欲も一層向上。足こぎ動作が安定していきました。表彰式のため久しぶりに外に出た松田さんが、「昔はここで買い物をしていたのよ」と思い出話をしたのをきっかけに、さらに関心を外に向けてほしいと外部の通所介護も開始しました。歩行練習を継続して「歩きたい」意欲を維持するとともに、新しい「やりたい」も引き出していきたいと考えています。

利⽤者情報

松田アキさん(93歳)

要介護度
4→2
⽇常⽣活動作(ADL)
34→34

したい!×やりたい!を叶えるために 状態に合わせた機能訓練

 松田さんの目標を方向転換したのは、地域リハビリテーション支援拠点※のコーディネーターの助言でした。リハビリ専門職としての視点から松田さんの動作評価をしたところ、座位が安定せず、背骨も曲がっているため、現時点での歩行は難しいと判断。トイレに行くなど日常生活の自立を優先し、車いすを足こぎして自走できるようにするという方針に変更したのが奏功し、目標を達成しました。コーディネーターがチームを支援したことで、松田さんの状態に合わせた機能訓練が実現したのです。

※地域リハビリテーション支援拠点:市が市内11か所の病院や介護老人保健施設に委託している機関。ケアマネジャーや地域包括支援センター等の依頼に応じ、利用者のよりよい生活に向けてリハビリ専門職が医療・介護の両面から助言・提案等を行います。

機能訓練の様子

利⽤者の状況や
ケアの変化

R5.2
腰椎圧迫骨折。
立ち上がり・起き上がり・歩行動作が難しく、車いす移動に
R5.3
要介護4
通所介護、週2回利用
R5.4
地域リハビリテーション支援拠点の担当者より、歩行等動作の評価を受け、車いす足こぎでの移動を勧められる車いすとクッションを検討。自走してもらうことに
R5.6
訪問リハビリ開始
歩行器での歩行練習
R5.8
プロジェクト参加
R5.10
車いすでの足こぎが安定し、
一人でトイレに行き、移動も自由にできるようになる
R6.4
要介護2に改善
職員による見守りが必要だが、歩行練習を継続する
R6.8
金の認証シール受賞

介護支援専門員 伊藤陽子さん

歩いてトイレに行きたいという気持ちが強かった松田さんですが、専門職の視点で松田さんの状態評価をしてもらうためにリハビリ支援拠点のコーディネーターに相談しました。すると、背骨が曲がっているため、自分で歩くことにこだわらず、車いすを自走できるようにして自分でトイレに行くことを目指してはどうかとアドバイスをもらい、目標を変更しました。松田さんは骨折されるまで自立した生活をされ、しっかりした方。声かけをする際は、原田さんを人生の先輩として尊重し、無理強いしないようにしています。骨折前は居室フロアだけでの生活でしたが、別フロアに移動して通所介護を利用し、多職種とかかわるようになったのが刺激になったのでしょう。次第に笑顔が増えていき、ケアプラン通り「心身ともに活性化した生活」が実現しました。表彰式で久しぶりに外に出た松田さんが「昔はよくこのあたりを歩いて買い物をしていたの」とおっしゃったのが印象的でした。松田さんの気持ちをさらに外に向けたいと考え、外部の通所介護も利用しはじめました。モチベーションを維持するため、歩行練習も続けています。

通所介護 支援員 高沢志桜里さん

松田さんはご自分で動きたいという気持ちが強かったので、適宜声かけをしながら支援しました。足こぎで車いすを自走する際、当初はご自分で足を動かすのが難しいようでした。そこで、「右足を出しましょう」「次は左足を出しましょう」と動作のたびに声かけをしました。その次はストッパーのかけ方、まっすぐ進む練習と、少しずつ訓練を積み重ねて、自走できるまでになったのです。骨折直後は表情が暗かった松田さんですが、自走できるようになるにつれて表情が明るくなり、挨拶をしてくれるなど前向きになっていきました。集団レクも笑顔で参加されています。他の利用者さんも松田さんのように前向きにリハビリに取り組んでもらい、受賞という結果につながるといいと思っています。

福祉用具専門相談員 福島純平さん

骨折後、松田さんは「どんなリハビリでもするから元に戻りたい」と前向きでした。その意欲にこたえたいと、松田さんに合った使いやすい福祉用具を選定しなければと気の引き締まる思いでした。車いすを足こぎできるよう、低いタイプのものにしてフットレストを外すとともに、姿勢が崩れないよう背中と座面にジェルタイプのクッションを配置。さらに、背中の張りは少し緩めて姿勢のズレを少なくするように調整しました。また普段は車いすがメインですが、リハビリ時に歩行器も使用しています。松田さんのがんばりが受賞という形に結実したことで、福祉用具の選定や調整が正しかったと認められたとうれしく思っています。

訪問リハビリ 作業療法士 田中亜樹さん

松田さんは膝の血流が悪く、筋力もなかったため、筋力訓練を行うとともに膝周辺のストレッチや起き上がりのサポートをしました。その際、何をするのかわからないことに不安を覚えられていたので、「足をもみますね」「立ってみましょうか」などとわかりやすく伝えるようにしました。リハビリをするうちに、膝が痛くて立ち上がれなかったのが、立てる時間が長くなり、歩行器を使った歩行訓練ができる頻度が上がりました。高齢なので、今の状態自体がすばらしいことです。できることを長くやれるようにするとともに、松田さんの意欲を支えるために歩行訓練も続けていきたいと思っています。

養護老人ホーム 生活支援員 諏訪汐香さん

基本的なケアとしての見守りを中心に、なるべく松田さんに車いすを自走してもらうようにしています。その際手伝うのはドアの開閉くらいで、あとはご自分でやってもらっています。昔看護師だったというだけあって、松田さんは芯の強い方で、私自身松田さんを目標としているほどです。骨折して動けなくなり、落ち込まれたときもありましたが、車いすを自走して自由に移動できるようになると笑顔が増え、前向きになられました。松田さんが、ここで生活を続けるにはどうしたいいかを考えて支援したことが受賞に結び付きました。これからも松田さんの生活を第一に考えて、自立した生活ができるよう支援したいと思っています。

川崎市地域リハビリテーション支援拠点 コーディネーター・作業療法士 村越妙美さん

介護支援専門員やケアマネジメントの支援を行い、訪問リハビリを組み込んだり、福祉用具の導入・選定の助言を行ったりしています。利用者さんを直接支援するというより、プロをつなぐ仕事だと言えます。介護支援専門員の依頼で松田さんの動作評価をしたところ、背骨が湾曲して座位が安定せず、膝下の血行も悪いことがわかりました。そこで、「歩きたい」という目標を1段階下げて、まずは車いすを足こぎして移動できるようにして、日常生活を自立させてはどうかと提案しました。そして座位を安定させるために体幹を強くするとともに、下肢筋力をつけて、安全な立ち座りができるようなリハビリをすること、また車いす選定に当たっては、足が地面に着くようにフットサポートを外せるものにして、背中や腰をバックサポートでフィッテングすることを助言しました。松田さんは当初リハビリに不安を持っていましたが、多職種がかかわってやる気が出て、安心してリハビリに取り組めるようになり、表情も豊かになっていきました。これからもしばらくは多職種を通じて見守っていくつもりです。